(概要)
本書においては、議員がボランティアとして、無報酬で従事するドイツの「名誉職」議員制度には、日本のような「専業職」議員制度に比べ、5つのより大きなメリットがあると主張する。
そのため、名誉職議員制度のメリットに関する次の5つのテーゼを措定し、これに基づき、ドイツの自治体議員に対するアンケート調査の結果を分析するとともに、日独の自治体議員の現状を比較し、それらのテーゼを検証する。
そして、これにより、存亡の危機にあるわが国自治体議会の抜本的な制度改革の方策を提言しようとするものである。
<テーゼ1> 「市民近接性」の実現
名誉職議員の方が、日ごろの職業活動等を通じて市民と接触しているため、「市民近接性」が実現される。
<テーゼ2> 「地域代表性」の確保
名誉職議員制度の方が議員のなり手をより多く確保できるため、「女性議員」、「サラリーマン議員」、「若年議員」等の議員構成を地域社会の人口構成
と均衡のとれたものにする。
<テーゼ3> 高い審議・決定能力
名誉職議員の方が、市民に近く、そのニーズや地域の実情を熟知しているため、審議・決定能力が高い。
<テーゼ4> 高い議員モラール
名誉職議員の方が、公共のためにボランティアとして名誉ある活動に参画、従事しているというやりがい、満足感等にはより強いものがあるため、モラールが高い。
<テーゼ5> 少ない自治体の財政負担
名誉職議員制度の方が、議員活動がボランティアとして無報酬で行われるため、自治体の財政負担が少ない。
(「最善の議員制度」と「市民近接性」)
政務活動費の詐取等あきれるような議員の不祥事、「学芸会」と揶揄される議会審議の形がい化、さらに、昨今の議員選挙における無投票の増加や投票率の低迷など、今やわが国の自治体議会は「なくてもよい」の声さえ聞かれるなど、まさに存亡の危機に直面している。
このようなわが国の自治体議会と議員をめぐる問題の根本原因は、議員と市民との距離が遠いこと、すなわち「市民近接性」の欠如にある。市民と議員の関係が近ければ、議員の側に緊張感も生まれ、自らの振舞にも襟を正すことになり、切実な地域の課題も確実に議員の耳に届き、執行部との、あるいは議員同士での討議を通じて、その解決のための政策立案が自から可能となるはずである。
したがって、問題解決の鍵は、いかに、市民と議員との間のギャップを克服し、「市民近接性」を強化していくかということになる。市民の利害やニーズや意見を自治体の政治と行政にどう反映していくのか。「女性議員」、「若年議員」、「サラリーマン議員」等の議員構成を、いかにして、地域社会の人口構成と均衡のとれたものにしていくのか。いかに市民の関心を高めて「無投票当選」や「低投票率」を克服し、議員のなり手を増やすとともに自治体議会を活性化していくのか。要するに、いかに主権者(信託者)である市民と議員の間の「代表」をめぐるギャップを克服し、双方向のコミュニケーションを回復して、本来のダイナミックな民主主義と地方自治を取り戻すのか、ここに、問題解決の鍵がある。
(ドイツの名誉職議員制度とテーゼの措定)
この点、「市民近接性」を理念の一つとして重視するドイツの自治体議会の名誉職議員制度 は、わが国で行われているような「専業職」としての議員制度の対極をなすものであり、議員制度改革のための貴重な実例を提供している。
ドイツの295の郡、107の特別市および11,009のその他の市町村の議員は、すべて「名誉職Ehrenamt」とされ、無報酬で議員活動に従事している。
筆者が実施した今回のアンケート調査では、90%を超える議員が名誉職議員制度の廃止には反対した。その理由は、「これを廃止すれば、『市民近接性』が失われてしまう」ということであった。
様々な問題点を抱えるわが国の自治体議員制度の改革案を提示するためには、個々の問題点のよって来る原因について仮説を設定し、因果関係を科学的に究明したうえで、その解決方策を策定、実行することが理想であろう。しかし、そのようなことは現実的に困難であり、時間的な余裕もないばかりか、逆に、弊害がないわけでもない。
そこで、本書においては、「仮説」の設定にもとづく因果関係の厳密な論証は断念し、その代わり、名誉職議員制度のメリットに関する5つのテーゼを設定し、これを検証することを通じて、わが国自治体議会の抜本的な制度改革の方策を提言しようとするものである。
「テーゼ」とは、説得的な理由付けを持った、先鋭的でかつ論争を呼ぶような主張であり、これに導かれた研究は、単に事実を記述するだけでなく、論争を刺激するため、改革のための政策論議と制度設計が可能となる。
(アンケート調査結果や日独比較による5つのテーゼの検証)
<テーゼ1> 「市民近接性」の実現
多くの議員がフェアアイン(協会、クラブ等)や組合の活動に積極的に参加するとともに、代表者・理事長をはじめ重要な役職を務めるなど、ドイツのボランティア活動の指導的立場にある。
また、これにより、市民のニーズ、意見等を把握し、これらの情報を当該自治体の議会や行政、さらに上位のレベルの政府に伝達し、「市民近接性」と「下から上への民主主義」の実現に貢献している。
<テーゼ2> 地域代表性の確保
女性議員の比率については、今回のアンケート調査で32.5%を占め、日本の自治体議会議員のそれ(市13.2%、町村8.9%)よりは相当高率であった。
年齢層別では、日本と比べ、若い年齢層の議員の比率が高い半面、高齢者議員は低く、全体として日本より若い議員によって構成されていた。
セクター別分類では、「公的セクターの職員」(公務員)がかなりの割合を占めているが、これは当該自治体以外の議員との兼職が禁止になっていないためであり、わが国と大きく異なる点である。また、日本においては、農林業が高いウェイトを占めているが、ドイツの今回の調査では、農家はすくなかった。さらに、一般職員、支配人・企業幹部等、教員、官吏等、被雇用者の議員(「サラリーマン議員」)がかなりのウェイトを占めていた。
このように、名誉職議員制度では企業等に在職したまま議員になれることから、女性議員や若年層、サラリーマン議員等のなり手が確保され、「地域代表性」の確保につながっている。
<テーゼ3>高い審議・決定能力
「自治体議員の役割」に関する質問に、多くの議員が「自治行政の戦略的政策目標の計画化」、「自治体行政の監視」を掲げ、議会の政策立案・審議機能と監視機能を重視するとともに、地域住民のニーズ等を踏まえた正しい判断ができることを誇る見解が示された。「学芸会」と揶揄される日本の議会の現状と比べてみても、ドイツの自治体議員の方が高い審議・決定能力を有しているという印象を受ける。
ただし、日本の市議会と町村議会における「専業職」議員の割合(それぞれ、40.5%、21.5%)からいえば、必ずしも、日本の自治体議員も実際はすべてが専業でなく、兼業である議員も結構多い点に留意が必要である。
<テーゼ4>高いモラール(士気・勤務意欲)
立候補理由の質問に対して、「我われの自治体を形成していくため」(87.1%)、「我われの自治体の問題を解決するため」(50.4%)と答え、その他でも具体的な目的を示す理由が目立った。公共のためにボランティアで活動しているということに加え、これらの回答からも名誉職議員のモラールが高いのではないかと推測される。
<テーゼ5>少ない自治体の財政負担
名誉職議員の場合、議員は無報酬であり、費用弁償等のみが支給されるため、報酬の支払を前提とする専業職議員に比べ、自治体の財政負担は当然少なくなる。
専業職議員の場合、議員報酬が支払われる上に、費用弁償は当然のこと、政務活動費まで支給されるため、自治体の財政負担は重くなる。
(日本の自治体議員制度の改革)
以上のとおり、名誉職の方が専業職に比べ、メリットが大きいという結論が導き出され、今のところ、これを否定する反証もない。そうなれば、その論理的な帰結として、日本の自治体の議員制度もこの無報酬の名誉職議員制度に復帰すべきであるということなる。戦前は、日本においても、府県制、郡制および市制町村制により議会の議員は名誉職と位置づけられていた。
しかし、経路依存性の問題等から直ちに名誉職議員制度を復活、導入することが困難なのであれば、当面、そのメリットを生かすような改革に取り組むべきであるということになろう。
例えば、無報酬でなくとも、原則として、主要な収入は自らの職業生活から得るべきことを原則とし、それを前提に議員報酬の水準を定める(減額する)ことが考えられる。
加えて、名誉職議員をバックアップするため、ICTも活用した様々な支援措置を講ずるとともに、ドイツで行われているような、公務員を含む被雇用者(サラリーマン)の「議員休職制度」や議員任期満了後の「復職制度」の創設、「立候補制限と兼職禁止制度」の撤廃等は、女性議員、サラリーマン議員、若年層議員の増加等の地域代表性の確保の観点からも、早急に取り組むべき課題である。
さらに、市民近接性の実現の観点から地域自治区の抜本的な改革を行い、市町村の区域内に直接公選の名誉職議員からなる議会を有する近隣政府を創設することも考えるべきであろう。
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